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大阪高等裁判所 昭和35年(ネ)1270号 判決 1963年4月30日

控訴人 丸安産業株式会社

右代表者代表取締役 吉岡卯一

右訴訟代理人弁護士 寺浦英太郎

被控訴人 阪田八重子

右訴訟代理人弁護士 松川嘉平

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

≪省略≫

理由

控訴人が、訴外森本磐夫に対し、昭和二八年一一月一二日取得した額面二口合計三八九、五一一円の手形債権を有し、昭和三〇年五月一〇日内金一五〇、〇〇〇円の弁済があつて、現在元金二三九、五一一円とその利息債権を有することは当事者間に争いがない。

訴外森本所有の本件建物について、神戸地方法務局明石支局昭和二八年一一月二五日受付第八、一九〇号をもつて、贈与による、被控訴人のための所有権取得登記がなされていることも当事者間に争いがない。控訴人は、この登記の登記原因は、登記簿の記載とは異なり、訴外森本が被控訴人に対し、登記の日すなわち昭和二八年一月二五日頃にした贈与契約であり、右贈与契約は、債務者たる訴外森本が債権者たる控訴人を害することを知つてした詐害行為であるとして、その取消を求めるに対し、被控訴人は、まず、右贈与契約は、登記簿に記載のとおり、昭和二八年八月四日になされたと抗争し、詐害行為の成立を否定する。そこで、まずこの点について考えてみる。

およそ、民法第四二四条の詐害行為取消権の成立するがためには、債務者が債権者の共同担保たる債務者の財産について、債権者を害する法律行為すなわち詐害行為をしたこと(客観的要件)、債務者および受益者または転得者に、債権者を害するという詐害の認識があつたこと(主観的要件)を必要とする。したがつて、債務者の行為が、債権者の債権を害するものとして、これについて同条の適用があるとするには、時期的に、その行為が、取消権を行使する債権者の債権の発生以後になされたものでなければならないことも、言をまたない。いまだ発生しない債権が詐害の目的となるべき理はなく、そこに詐害の認識のあろうはずもないからである。そして、詐害行為成立のための、右客観的要件と、主観的要件のうちの債務者の詐害の認識とは、取消を求める債権者において、その立証責任を負担する(他方受益者または転得者の善意については取消を求める債権者の相手方において立証責任を負担する)ものであることは、同条の規定の文言に照し疑問の余地がない。したがつて、詐害行為取消権を行使する債権者において、その行為が、自己の債権の発生以後になされたものであることの、立証責任を負うものであることも、多言を要しない。

これを本件についていえば、詐害行為の取消を求める債権者たる控訴人において、自己の訴外森本に対する本件債権の発生した昭和二八年一一月一二日より以後に、本件贈与行為がなされたことについて立証責任を負担しているものとしなければならない。ところで、本件の全証拠を詳しく検討しても、本件贈与行為が、控訴人主張のように、昭和二八年一一月二五日頃なされたこと、早くとも、控訴人の債権発生の同月一二日以前になされたものでなく、その以後になされたことを認めるに足りる証拠は全然ない。その証拠のない以上控訴人の不利益に、すなわち、本件贈与行為は控訴人の債権発生以前になされたものと認めるほかはない。のみならず、かえつて、当裁判所は、証拠により右贈与行為は、被控訴人主張のとおり、昭和二八年八月四日になされたと認定し、控訴人の本訴請求を失当として棄却する。その理由は、その日が訴外森本の満六〇才の還暦の祝日であると認定した点を除くほか、原判決の理由に説示のとおりであるから、これを引用する。

控訴人は、右原審の認定を論難するところがあるから一言する。控訴人のための積極証拠のないことはすでに述べたとおりである。一方右認定証拠は控訴人の主張するとおり、被控訴本人の供述およびその親族もしくは同居の関係にある者ばかりの証言ならびにその間に作成された書類の範囲を出でないわけである。しかしながら、それらは、いずれも、証拠適格と証拠能力を有し、自由心証の基礎たりうることに一抹の疑点もないし、右各証拠は、自由なる心証のもとに認定事実について具体的確信を抱かせるに十分である。ただ、原審は、これらの証拠にもとづいて昭和二八年八月四日を訴外森本の還暦の祝日であると認定しているが、成立に争いのない甲第五号証(戸籍謄本)および甲第七号証(住民票)によれば、同訴外人の生年月日は明治二八年(乙未)八月四日と認められるから、その還暦すなわち六一年目の年は、控訴人の指摘するとおり、昭和三〇年(乙未)であつて昭和二八年(葵已)でないことは、暦数上明らかである。したがつて、被控訴人および訴外森本らが昭和二八年八月四日を同訴外人の還暦の祝日であると供述、証言している個所は首肯しがたいものがあり、当裁判所の採らないところである。とはいえ、八月四日が、訴外森本にとつての祝日であることに変りはなく、登記の日と贈与契約の成立の日との間に、三ヶ月余りの間隔があることは、わが国の一般実状からみて格別異とするに足りないし、また、訴外森本は、岡山市内田所在の宅地三筆合計一八〇余坪の不動産を所有し、借地権が設定され、建物が建築されているものの、それは、場所としては悪くない大学病院の前にあり、昭和三六年五月他の債権者の四〇〇、〇〇〇円の債権のために、抵当権を設定するまで、無傷に保つてきているのである(以上の事実は、成立に争いのない乙第二号証の一、二、三、甲第一五号証の一、二、三、当審での証人沢村実の証言で認められる。)。これらのことを彼此考えあわせれば、控訴人の指摘する右不突合の点は、訴外森本らのなんらかの誤解に出たものか、でなければ、祝日を強調せんあまりの言い過ぎかであり、決して前記認定の妨げとなるほどの決定的性質を持つものではないと認められる。控訴人の論難はあたらない。

そうすると、その判決と同趣旨の原判決は相当であるというべきであるから、民事訴訟法第三八四条、第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 平峯隆 裁判官 大江健次郎 北後陽三)

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